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2017年3月11日 (土)

6年経過したけれど・・・

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 あんまりな話だとは思いますが、今もなお2553人の方が行方知れずのままなのだそうです。

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 ・・・2010年の8月に登米から石巻までクルマで行きました。今朝のテレビニュースで現在の石巻市街地の風景を見て、旧いアルバムをひっくり返すようにパソコン内を探してみたら画像が出てまいりました。薬局内に掲げてあった日めくりのカレンダーには8月12日とあります。運命の日まで7ヶ月か・・・。萬画館では企画展示を行っているとの事です、明日まで。なんの巡り合わせか、以前の街並み画像を数多く撮影出来ていた事に今は感謝するばかりです。

 それじゃー、また来週。一歩一歩、いや1ミリずつでも前進するより道はありません。

 マセラティでイッてみよう!Part2・Part3・V3(ブイすりゃ~)を通したすべての過去記事への一気到達用ページ(このページが便利です。“お気に入り”にブックマークを!)を新設いたしました。

 このブログを読んで、マセラティを初めとするイタリア旧車の世界に足を踏み入れたくなってしまったアナタ(あんまりいない様な気がするケド:笑)は、マイクロ・デポ株式会社の公式ホームページ「マセラティに乗りませんか・・・」の方ものぞいて見てくださいね。さらにディープなネタ、やってます。

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コメント

兄を病院へ連れて行き、帰りにテレビを買おうと家電量販店へ。そこのテレビコーナーで地震速報、そして津波の映像が流れました。兄も私も目をまん丸にしてずっと棒立ち、気づけばテレビコーナーには店内全ての人が集まっていました。あの時の衝撃は忘れられません。
1日も早い完全復興を願います。黙祷。

昨年10月、納車成った我が222さんとともに八戸から石巻まで南下。
5年7か月が経過し、もうずいぶん復興も進んでいるのだろうと思っていたのですが。

……迂闊な思い違いでした。

まだまだまだまだ

それでも、1ミリでも、
前に進むしかないのですよね。
「どうしてそこまでして?」と思うほど
かさ上げを進めている防潮堤の高さに
それでもそこにいま生きてある住民の方々の覚悟をみたような気がしました。

今夜のN○Kニュースで、復興需要の件が触れられていました。
6年が経ち、現場作業者減で新規オープンのスーパー閉店や仕事減など。
複雑です。
一方で、漁業再開や非難区域解除の朗報も。

時代は変わりますが、現実を受け止めて我々頑張るしかないですね。

先月大川小学校の前を通りました。
去年の秋、益城町にも行きました。
益城町には、半年も経っているのに、一階が崩れ落ちたその二階の窓からCDケースが零れ落ちたままになっている住宅などもありました。それはつまり、それを片付けるひとがみんないなくなっちゃったということです。
中越地震はどうだったか、十津川の豪雨の跡はどうだったか、想いは深まるばかりです。
そしてまた、今出来ることを精一杯することしかできない、と思うのです。
明日吹く風に、流されるとしても。

震災の前の年の年末に姪っ子姉妹が石ノ森記念館を訪れています。
津波で水没してしまったニュースを聞いて姪っ子はだいぶ悲しんだようです。
その姪っ子も高校生と中学生になり、小さい頃は泣き虫だったのですが、今じゃ態度が随分とふてぶてしくなり、根拠の無い自信に溢れております。
それも若さゆえ。
サイコパス部長の下、40代半ばにして自信を徹底的に打ちのめされ、辛うじてカラ元気で自我を保っているワタクシには、姪っ子の自信が羨ましかったり。

あれからもう6年もたつのか~。
ワタクシも仙台に赴任して丸7年。
4月から8年目に突入いたします。

あれから何年経っても、それぞれが経験した東日本大震災の記憶は消えることはありません。なんとかかんとか一歩一歩復興していって。それを陰ながら応援していけたらと思います。

ボランティアとして行きましたね。阪神も見に行きましたが、また違った悲惨さを思いました。仕事柄色々考えさせられますが、津波はどうにもならないと感じました。
ボランティアで行った釜石で心臓が強烈に痛くなり、救急車で病院に行った事を覚えてます。もしかしたらそこであの世に行ってたかもしてない。(その方が楽だったかな)

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